『アメリカの夜』


アメリカの夜 (講談社文庫)

アメリカの夜 (講談社文庫)

柄谷行人らが絶賛し、後に福田和也らの中堅批評家もまた絶賛したために文壇のほぼ全方位からもてはやされることとなった作品です。阿部和重の名前は『アメリカの夜』とともに深く刻まれました。
非常に方法論に意識的な作家で、加藤典洋曰く「ほぼ大江健三郎に匹敵する」とされています。確かにこの人の作品は本作も含めて仕掛けを随所に凝らしたものが多くなっています。例えばこの作品で言えば、冒頭のブルース・リーにまつわる記述は柄谷行人の評論『探求Ⅰ』のパロディーになっています。評論とも小説とも分類しがたい作品ですが、やはりこの自由な形式は小説でしか成立し得ないのでしょう。
大変面白い構造を持った作品で、作中の主人公である中山唯生は阿部和重の疑似的な人格であると「明記」されています。主人公の一人称語りとも、三人称語りとも取れる複雑な視点構造で描かれており、それこそ作者に関する予備知識や、作品を取り巻く環境など、コンテクストを意識せざるを得ません。テクスト論泣かせの作品です。