『氷壁』


氷壁 (新潮文庫)

氷壁 (新潮文庫)

私は個人的に井上靖が大好きなので、このブログがいずれ井上靖で埋め尽くされる日が訪れるでしょう。
数え切れないほどの名作を発表し、晩年においてはほぼ毎年ノーベル賞の候補に挙がっていたほどの大家です。『氷壁』発表当時五十代の後半でした。しかし本格的なデビューも比較的遅い作家なので(井上靖は特異な経歴の持ち主です。大学在学中に文芸の才を買われ、新聞記者兼大学生兼作家という肩書きを三十歳まで続けていました。卒業後は本格的に新聞記者になりましたが、小説専業となったのは四十三歳になってからです)、本作は井上文学の初期〜中期にまたがる作品と言えるでしょう。
とある登山家の、生死にまつわる物語です。「危険を冒しての登頂など蛮勇に過ぎない、そのような登山はスポーツとして認められない」。それが持論であったにも関わらず、主人公魚津は命を賭して絶壁に挑みます。その様はともすればエゴイスティックで、自暴自棄な行動のようにさえ見えます。しかしそれをやる、やらざるを得ないという局面にまで自問したとき、魚津の中に変化が起こります。危険を冒しての登頂。それは蛮勇でも自殺行動でもなく、むしろ溢れんばかりの、生きることへの渇望だったとしたら…?山岳文学の最高峰は、倫理性に強く訴えかけてくる力を備えています。
2006年一月より全六回、NHKでドラマ化されることが決定しています。この作品は登場人物が例外なく魅力的なので、キャスティングが楽しみです。大河ドラマといい、来年は井上靖の年になりそうです。