『火車』


火車 (新潮文庫)

火車 (新潮文庫)

いやー怖い作品ですね。『火車』を読むとカードを作るのが怖くなる。文庫版の表紙は作品のイメージをしっかり捉えています。素晴らしい。
宮部みゆきはミステリー作家です。ミステリーの厳密なジャンル分けは難しいのですが、一応「社会派ミステリー」と呼べばしっくりくるのではないかと思います。宮部みゆきをして「松本清張の後継者」との声がごく一部からあがっているようですが、多分言い過ぎだと思います。
とある女がある日突然、自分に繋がる手がかりを一切消し去って行方をくらます…という話です。その女の足取りを追っていく道すがら、カード社会の構造的な欠陥や、そこに嵌められた人間が陥る凄惨な人生を、まざまざと見ることになります。文章の随所から感じられる不気味さが、この作品のよい意味での「後味の悪さ」となっています。
基本的には推理小説の体裁をとっているのであらすじをうだうだ書いてしまうわけにはいかないのですが、少しだけ。
クレジットで多重債務に陥るということ。「多重債務者」という言葉から、私たちは一体どのような人間を想像するでしょう。意志の弱い人?何か、どうしようもない道楽者?もしそういったイメージを抱いているとしたら、この小説を読むことをおすすめします。『火車』は経済小説でもあります。カネというものの実態を見事に捉えきった、優れた文明批評を展開しています。本書では、人間の「幸福を夢見るささやかな欲望」が地獄を招くという、実に悲しい皮肉を描いているのです。
佐高信の解説をなるほど、と思ったので引用しておきます。

オウム真理教地下鉄サリン事件を起こし、その恐ろしさが喧伝された時、なるほどと思った情報が一つあった。それは、山梨県上九一色村のあのサティアンにいる信者たちの中には、多重債務者が多いという情報だった。
取り立てをするヤクザたちも、薄気味悪くて、あの中には入れなかっただろう。そのためか、カード破産した者やそれに近い者たちがオウム信者となって、あそこに逃げ込んだというのである。
クレジットという近代と、オウムという前近代が不思議な結びつきをする。それが現代日本である。

火車【かしゃ】
   火がもえている車。
   生前に悪事をした亡者をのせて地獄に運ぶという。
   ひのくるま。

地獄の入り口がそこかしこに口を開けて待っているということが、『火車』を読めば分かることでしょう。そしてその淵から闇を覗こうものなら、思わず戦慄を覚えるに違いありません。