『敦煌』


敦煌 (新潮文庫)

敦煌 (新潮文庫)


敦煌とはどこか。
シルクロード沿いに存在する都市で、現在は甘粛省の河西走廊の、ほぼ最西端に位置しています。「敦」の字が「大きい」を意味し、「煌」の字が「栄える」を意味する通り、古くから東西交通の要衝として栄えてきました。漢の時代には西方から汗血馬・ぶどうなどとともに仏教が東方へ伝えられ、逆に東方からは絹が西方へと運ばれました。
安史の乱により唐中央の統制力が弱まったことにより、781年に吐蕃が唐へ侵攻し、敦煌吐蕃の統治下に入りました。すると敵対する唐との交易が行われなくなり、通商の動脈を断たれた敦煌は急速に衰退していきました。
70年あまりの後に漢人の張義潮が吐蕃に対して反乱を起こしてこの地を独立させ、唐に帰順して節度使となりました。張義潮のもとで再び交易が開始されたものの、以前の隆盛には比べるべくもないものとなりました。
その後北宋代に入り、タングートが力をつけ、西夏という国家を建設してこの地を占領しました。莫高窟に数千点に及ぶ文書・絵画が投げ込まれ、外から入り口を塗り込められたのはちょうどこの時代であると推測されています。さらにその西夏モンゴル帝国が滅ぼし、そのまま元の支配下に入りましたが、その頃には通商ルートが敦煌のある北方ルートではなく南方の海の道へと移行していたため、都市そのものの価値が下落し、寂れることになりました。その後長らく忘れ去られた都市だったのですが、1900年になってこの地の莫高窟から大量の文書・絵画が発掘され、それに興味をもったイギリス・フランス・日本・アメリカ・ロシアの学者および探検隊がそれぞれ購入して持ち帰り、各々研究を開始しました。これら発掘された資料は古代アジアに関するもの、仏教や芸術に関するものを大変多く含んでおり、その当時の歴史地理学の常識を一掃するほどの発見となりました。いわゆる敦煌学の始まりです。
本作『敦煌』はこの敦煌文書のミステリーに焦点をあてた作品です。
架空の人物趙行徳を主人公として敦煌文書が莫高窟に投げ入れられるに至る歴史の謎を、著者独自の空想で描いています。
井上靖歴史小説家でもあり、中央アジアを舞台とした歴史小説をいくつか書いています。本作『敦煌』の他にチンギス=ハンを主人公とした『蒼き狼』、オアシス国家の盛衰を描いた短編集『楼蘭』などがあり、これらをまとめて「西域もの」とよんでいます。
個人的にはぜひ、敦煌を歩いてみたい。