妊娠という小説構図


妊娠小説 (ちくま文庫)

妊娠小説 (ちくま文庫)


コラムと言いつつ図書紹介も兼ねてみる。
いやーこの『妊娠小説』、面白い。今さら読んだのかよ!って突っ込みはナシで。内容をダイジェストでかいつまむと、これまで小説で描かれてきた妊娠という出来事が、いかに男性中心的な視点で捏造されてきたかということを論じているわけです。
舞姫』が妊娠小説の父、『新生』が妊娠小説の母、らしい。で、現代まで脈々と受け継がれてきた妊娠小説の構図は、基本的に『舞姫』の手法をひたすら焼き直しただけのもの、らしい。
「要するに、ちゃんと避妊すればいいだけのことじゃん」とばっさり切り捨てつつも、「愛があるならコンドーム」に隠蔽された真実を看破している。本当は「子どもほしくないからコンドームなのに」と。愛と避妊を強制的に結びつけていた「愛があるならコンドーム」の無根拠をはなっから相手にしない姿勢は鋭いと思う。
論らしいものを多少なりとも出しているので一応フェミニズム批評っぽい体裁になっている。でも基本的には斎藤美奈子の印象批評≒イメージで捉えた小説四方山話なんだろう。早い話が、「どいつもこいつも妊娠をうまいこと小説の道具立てに利用しやがってバカたれが」的なイメージ。これが根底にあってこそ、齋藤美奈子は「妊娠」っていうカテゴライズをしたんでしょう?この『妊娠小説』。いや、それが悪いということでは全くなくて。そもそも批評なんてもんはディコンストラクションだのニューヒストリシズムだのと難しい理論を持ってきてはみるものの、所詮人文科学なんだから足りない箇所は妄想で補えばいいんですよ、きっと。これは言い過ぎか。
でもしょうがないんですよね。妊娠が発覚すればサプライズだし緊迫感も生まれるし、小説の道具立てには最適。ただ齋藤美奈子が今さらそれに突っ込んでしまうもんだから、これから妊娠テーマにするとなるとちょっと工夫を加えないとダメかもしれませんね。
話がずれますが、妊娠と同様に小説で弄ばれるのが、「死」。とにかく小説家は人を殺すのがうまい。特に吉本ばななは本当に殺すのがうまい。あんた、人が死ねば物語になると思ってんのか?と聞きたくなるほどに。
夏目漱石が『こころ』でKを殺し、大江健三郎が『芽むしり仔撃ち』で弟を殺し、とまあ古来より受け継がれてきたこの手法。その本質は、主要人物を殺して口封じをすることで、そこに永久に不明な謎が生まれることにあるわけで、なるほどそりゃあ作家も困ったら殺すよなあと思うわけです。
ちなみにセックス描写と人の死を排除した村上春樹の『風の歌を聴け』は『妊娠小説』において手厳しく批判されてます。