潮騒


潮騒 (新潮文庫)

潮騒 (新潮文庫)


三島由紀夫の作品を色々と読んでいると、この『潮騒』があまりに奇妙な作品であるということが分かります。『仮面の告白』や『金閣寺』で採用された偏執的な衝動を内に抱えた人物、というものがほとんど出現しない。本作に展開されるのはほとんど肩すかしのような、純愛の構図なのです。このことについてはこのブログで延々と書くよりも本作の解説にある佐伯彰一の言及のほうがよっぽどまとまっていて詳しいので、読んだ後にでもぜひ目を通すことをおすすめします。
伊勢湾に位置する離島で繰り広げられる、若い漁師と島一番の美女との恋の話です。両者はいくつかの障壁を乗り越えて、互いに純潔を保ったまま結ばれます。この作品では一切の血なまぐささがありません。強姦もなければ不義の妊娠もない。暴力的なものが排除された、それは意図的なものとさえ読めるような、そんな純朴な作品になっています。
繰り返しになりますが本作は三島作品群の中で明らかに「浮いて」います。その性質がなんなのか、あまりに仕掛けが無く、それがかえってこの作品の仕掛けなのだろうかと思えてしまうほどに無風なのです。三島由紀夫が本作を発表した意図がなんなのか。それは三島由紀夫という、極端に自意識過剰で自己演出に惜しみなく力を注ぐ人物だからこそ、その意図を汲み取ってみたい欲望にかられるのでしょうか。




他の方のレビューはこちら→潮騒