陛下


陛下 (中公文庫)

陛下 (中公文庫)


久世光彦さんがお亡くなりになったそうです。「演出家の久世光彦さんが逝去」と書かれていたので誰かと思いました。作家としての顔しか知らなかったのです。「時間ですよ」等のドラマを手がけた、と聞きましたが、当然ながら見たことないのでいまいちピンときません。
ということで読みかけだった久世作品を急いで読み終えました。荒く読んだので、レビューもちょっと雑になります。後日書き直すかもしれません。というのは、この作品は大変デリケートな史実を扱っており、周辺資料を併せて読んでみたい、という気持ちがわいているのです。
二・二六事件を題材とした小説です。架空の主人公・剣持梓は、北一輝との交流を通じて叛乱へと突き進んでゆきます。北一輝という名前ぐらいは、日本史に疎い僕も知っています。右翼思想家とも社会主義者とも言われる人です。著作『日本改造法案大綱』は、事件の首謀者である青年将校らに影響を与えました。事件後に民間人として唯一、死刑を宣告されたのが北一輝でした。北一輝を論じる評論も世の中に出回っているようです。
この作品を読んで「恋闕」という言葉を初めて知りました。恋闕とは、女性に恋をするように天皇を思慕することを言うそうです。今の世の中ではにわかには信じられない概念です。戦後に反戦・非戦を題材とした作品が多く現れました。それらは、戦時中の「個」を主題とした物語と捉えることができると思います。しかしながら戦時中、「個」を超越した、あるいは超越しているかのように振る舞った「公」という概念、そしてその「公」とまさに身も心もともにした物語が、確かに存在したと言えます。それが本作『陛下』なのだろうか、と思いました。まさに三島由紀夫の視線です。三島の『奔馬』もあわせて読み返したくなりました。
戦前という時代を疑似体験する方法は、映像なり本なりといったメディアに頼るより他に仕方がありません。戦争体験世代がもうまもなくいなくなるでしょう。口頭伝承が無くなれば、ますます戦争学習の重要性は高まるように思えます。