透光の樹

透光の樹 (文春文庫)

透光の樹 (文春文庫)



映画でちょっと話題になった作品です。
二十数年ぶりに再会した中年男女の、恋の話です。当然ながら純度の高い恋愛小説です。先日、辻仁成の『サヨナライツカ』を恋愛小説として紹介しましたが、本作を読んだ後であれば、それほど感銘を受けなかったのかもしれません。
この作品で非常に興味深いのは、お互いの言葉がお互いの意志とはかけ離れて、像を結んでゆく様です。特に今井郷は山崎千桐へ伝えようと思う思いが、うまく彼女に伝わらずに苦労します。こうした意志と言葉との非対応な関係は全編を通してテーマとなっています。「愛してる」というシンプルな言葉を拒絶するように、のらりくらりと実践を探していく様は、それが愛を深めようという肯定的な感情の成せる業なのか、あるいは愛の崩壊を食い止めようという否定的な感情の成せる業なのか、果たしてどちらなのか。分かりません。こうした作品世界はその根底に、「言葉が全ての意志を代弁することなど所詮できない」という意志を備えているのであって、その点においては本作は他の甘美なだけの恋愛小説とは一線を画しているように思えます。
自分で書いてみてまるで意味が分かりません。まあつまり、無理矢理意味を抽出しようという行為自体、無粋ということなのでしょう。文学は文学、楽しく読めればそれもまた真理。